風薫る
そうして私は、本を貸し借りしなければ、話すきっかけがなくて黒瀬君と話せない。


あんまり幸せで忘れそうになるけれど、私は元来人見知りなのだ。


黒瀬君は、人気者なのだ。


今は本のことばかり話しているから、本好きではない周りは何も言わない。

黒瀬君を好きな人たちも、本の話題に無理に入ろうとはしない。


でも、私と黒瀬君の関係に本がなくなったら、本好きだから放課後を一緒に過ごしてくれているんだっていう理由はなくなる。

私と黒瀬君の共通点が一つ減って、周囲の人が遠慮する理由はなんにもなくなる。


遠慮して欲しいわけじゃないけれど。


でも、会えなくなって、黒瀬君に笑ってもらえなくなるのは。

黒瀬君に名前を呼んでもらえなくなるのは。


ひどく、寂しいことだと思う。


本を駄目にしておいて、のこのこ会いに行くなんて馬鹿なことはできない。


でも、そんなのは嫌だよ。


これからだって話したいよ。黒瀬君に会いたいよ。


だから私は、本を傷めるわけにはいかないのだ。


何も言わなかったけれど、私の少しの言葉と沈黙から、多分いろいろを考えて汲み取って、思い当たった何かにきつく唇を結んだ黒瀬君が、目線をこちらから外した。
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