風薫る
お互い耳が赤かった。


一つだけ、黒瀬君に言わなかったことがある。


私と黒瀬君では身長差がありすぎて、傘の位置の調整が大変だっていうこと。


背が低い人が自分より背が高い人と一緒に傘を差すときは、背が高い人の頭が傘にぶつかったり、背が低い人の高さに合わせてしゃがんでもらうことになったりする。

だから背が低い人は背伸びをしなくてはいけなくなるんだけれど、私と黒瀬君だとあまりに身長差がありすぎて、私が背伸びしただけでは黒瀬君には低いだろう。

となると背が高い人が傘を差さないといけない。

でも逆に、背が高い人があんまり高く差すと、前から吹きつけてくる雨風が全然しのげなくて、背が高い人には雨が当たる。


ということで、一緒の傘はお互いにとても大変なのだ。


だから、一つの傘に一緒に入るんじゃなくて、これが一番いいと思う。


「黒瀬君」

「うん?」


呼びかけに黒瀬君が首を傾げた。


黒瀬君は大抵、柔らかな微笑みを絶やさない。


真正面にいて目が合っているときの呼びかけには、返事と、それ分かる態度を取ってくれる。


「一緒の傘じゃないとすると、ごめん、どこか寄って買ってきてもいい?」


ちょっと困ったように微笑んで立ち上がった黒瀬君が、帰る準備を手早く整えた。


「コンビニ行くね。傘貸してもらっていいかな。待っててくれる?」

「わ、違う違う、待って!」


あまりにとんとん拍子で話が進んで声をかけられなかったのだけれど、これは早く止めないと本当に行ってしまう。


早足で今にも出て行ってしまいそうな黒瀬君を慌てて引き止めた。
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