風薫る
黒瀬君は何かを思いついたらしく、一度瞬きをしてから、大切な本の右手で上、左手で下を支えつつ胸元で抱える私に提案した。


「もし良かったら他の本も取りましょうか? 他にも取れないものがあるならですが、新刊でなくてもいいですし」


「いえいえいえ、大丈夫です……!」


そんな、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないよ……!


慌てて首を振る。


「それは、今日はもう他には借りないということですか?」

「違いますが……」


黒瀬君に取ってもらった新刊の他に、読みたくても手が届かなかった本はたくさんある。


でも、たとえ、それが優しさからの善意であっても、初対面の人からあまり何度も手を借りるのは気が引ける。

 
つ、と思いを見透かしたような黒瀬君の瞳が私を捕らえた。


穏やかな微笑みが向けられる。


「大丈夫ですよ。自分のぶんを取るついでですから、大した負担にはなりません」


彼はさらりと優しい嘘を吐いた。


自分のを取るついでだと言って、私の心のハードルを下げてくれたのも、

多分、意図して身長には触れずに話してくれたのも。


黒瀬君の優しさなのだということが、空っぽの手から分かった。
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