風薫る
うん、とやっぱり口をつぐんで鞄から取り出したクッキーは、瑞穂が好きな、オレンジピールが入ったもの。


サクサクの生地と柑橘類の爽やかな香りがよく合う。


お気に入りの銘柄の威力は大きいらしい。


あんなにニヤニヤしながら騒いでいたのが嘘のようにやめてくれた。


……借りてきた猫。いや、虎かな。瑞穂は猫なんて可愛らしくはないよね、うん。


変わり身の速さに慄きつつ、私も一緒にクッキーを頬張っていると、じろりと鋭い一瞥を食らった。


……何を考えたのかバレたらしい。


ご、ごめん。


同じクッキーをさらに押しつけて誤魔化した。


ほくほく顔で受け取った瑞穂は、やはり少しも侮れない。


これ以上ぼろが出る前に、さっさと読書を始めてしまおう。


瑞穂は何だかんだ言って優しい。

本を読んでいる最中は、遠慮して話しかけないでくれるのだ。


いそいそと本を開く。


「彩香」


立ち去る間際、瑞穂が私を呼んだ。


「うん?」


あのさ、心配のしすぎかもしれないけど、と前置いて。


「それ、気をつけたら」
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