風薫る
「黒瀬君!」


静かに駆け足という器用な状態で木戸さんがやってきた。


先に待っていた俺をこれ以上待たせないようにという配慮と、おそらく何かあった。目がわくわくしている。


廊下は高速の早歩きで乗り切ったと思われる。


止まってから、少し俯きがちに肩が荒く上下に動いていた。


「こんにちは、木戸さん」


息を整える時間を稼ぎたくて、少しゆっくり話してみた。


荒い呼吸でこんにちは、と返ってくる。

……もう少し待とう。


振り向いたついでに、木戸さんの指定席、俺の席から一つあけた席の椅子を引く。


ありがとう、と大きく腰を折った木戸さんが座って、何度か深呼吸するのを俺も座りながら黙って見ていた。


すーはー、と最後は一際大きくゆっくり呼吸をして顔を上げた木戸さん。


落ち着いたかな、というところで尋ねる。


「どうしたの?」

「リズム決めよう!」


拳を握った木戸さんが力説した。


……何をだ。


まあいいや。何を決定するのかなんて知らないが、とにかく頷いておく。


「分かった」


木戸さんなら変なことは言わないだろうから、心配はいらない。


「うん、じゃあ決めよう!」


嬉しそうに笑った木戸さんに、俺も笑った。
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