風薫る
テストが終わり、少し浮き足立ちながらホームルームを済ませて廊下に出ると、黒瀬君がもう待っていた。

四組の方が早かったみたい。


目が合ったので微笑み返して、近くに寄る。


鞄の下で空いている方向を小さく指差された。


つまりはあっちに行こう、ということだろう。


こんなに混雑しているところで立ち止まって話し始めちゃったら、ものすごーくお邪魔だもんね。


少し離れつつ人の流れに沿って進んで、混んでいない方の階段に回る。


正面玄関から遠い西階段に着くと、やっと一息吐けた。


「久しぶりだね、黒瀬君」


もう話しかけてもいいだろうと挨拶すると、黒瀬君が微笑んで隣に並ぶ。


「久しぶり、木戸さん」


行こうか。


どこか慌ただしいお誘いに、出かけるんだ、と今さらなことを思った。


ゆっくり話すのは歩きながらできるし、早めに行った方がお店も空いているだろうし、図書館でものんびりできるし。

お腹も空いてきたもんね。


「うん……!」


わたわたと隣に並ぶ。


今までとは違う階段なのに、落ちる影は相変わらず大きくて、黒い。


黒瀬君の隣は、黒瀬君の影は、私にとって記憶の付箋。


温かくて、優しくて、楽しい日常に戻ってきたんだなあ。


もう離しかけてもいいんだ。一緒に本が読めるんだ。


……嬉しい。


にこにこ緩む頬をはっとして引き締めて、でもまた嬉しさに口が歪んで、えへへ、と思ってからはっとして引き締めて、とやっていたら、黒瀬君が噴き出した。


「な、何してるの?」
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