風薫る
「えっと、あのっ、えーっと……ですね」


こんなに笑われるならマスクでもしておけばよかったよー……!


困って黒瀬君を見上げるけれど、聞いているのは黒瀬君だから無意味なのであって。


助け船は、来ない。


赤い顔の自覚はあるけれど、もっと赤くなってしまった自覚もある。


ええい、と失笑覚悟で口を開いた。


「……会えて嬉しいなって思って」


見上げた視線の先で固まる黒瀬君に、伝わっていないのかと不安になる。


「会わないって自分から言ったくせに寂しかった」


それならば、言葉を重ねて、伝わるまで何度でも言おう。


「黒瀬君に会いたかった」


ずっと、面影を探して。


優しい微笑みと流れる後ろ髪ばかりを思い出していた。


寂しかった。会いたかった。


涼やかな彼の目を見て、

高みにある黒髪を追って、

穏やかな眼差しを見上げて、


もし微笑んでくれたら、私も笑い返して、話がしたかった。


隣に並びたかった。


ずっと、ずっと、黒瀬君のことばかりを考えていた。


「でもこれが終わったら黒瀬君と図書館行くんだって奮い立たせて頑張って、あ、テストは自信あるよ。黒瀬君は?」


だから赤点回避できてるんじゃないかなと思うし、補習にはならないと思うし、そうしたらまた一緒に読書できるはず。


……あれ、黒瀬君?


見上げた黒瀬君が右手で顔を覆っていて、俯く顔を覗き込んでみても、きつく結ばれた口元しか見えない。
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