風薫る
え。

あれ、ええと、何か気に障るような変なことを言ってしまったかな。


「ど、どうしたの?」


尋ねて思い浮かぶ。


自分が預かり知らないところで依り代にされていたなんて、やっぱり、聞いていい気はしないだろうか。


「ごめん、嫌だった?」

「嫌じゃない嫌じゃない……!」


結構な覚悟を持って問いかけたけれど、私の焦りに対する返答は、すぐさまの否定。


じゃあ何だろう……?


首を傾げる私と目を合わせるように、ちらり、指の隙間から少し瞳を覗かせた黒瀬君。


「……あの」


ためらいがちに大きな手を外す。


やっと見えた表情は、少し赤く染まった頬と困ったような口元で。


意味を図りかねてさらに傾斜する頭に、ふわふわした口調が落ちてくる。


「あのね。木戸さん、あの」

「うん」


体ごとこちらを向いた黒瀬君と、目が合う。


……大事な話だ。


考えを巡らせる私を止めるように強く見据えて、黒瀬君が言い切った。


「俺も、木戸さんに会いたかった」

「ほんと?」


声が跳ねる。


子どもっぽく聞こえてしまうのは明らかだったけれど、どうしようもなく弾んだ声は隠しようがない。


嬉しい嬉しい、とぱっと目を輝かせると、少し詰まってからゆっくり顎を引いて頷いてくれた黒瀬君が、一呼吸置いて口を開いた。
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