風薫る
「私、教室に取りに行った方がいいかな」

「うーん」


取りに来てもらうと助かるんだけど、まだ新学年になって新しい組になったばかりだ。


同じ組の人で固まることが多い中で、別の組の木戸さんに来てもらったら、本の貸し借りだけでも目立つ気がする。


多分、一番目立たないのは図書室だろう。


「いや、放課後ここに来てもらってもいい?」

「分かった。図書室だね」


木戸さんがまた大きく頷く。


動作が大きいのは、木戸さんの癖なのかもしれない。


「ときに、黒瀬君」


ひどく真面目な顔で、さっきの俺みたいなことを言うから、おかしくて笑ってしまった。


「うん、何?」

「黒瀬君はさ」


す、と木戸さんが真っ直ぐにこちらを見上げる。


目がつけまつげに縁取られていないことが、やけに印象的だった。


この学校では珍しい、メイクが施されていないその顔を、西日が柔らかに照らしている。


「名前、何て読むの?」

「……こう、だけど」


やった。当たった。


小さな呟きに眉をひそめると、その先に満面の笑みの、木戸さん。


「黒瀬君のこと、カードで名前だけ知ってて。見かける度にいつもね、素敵な本を読む人だなあって」

「うん」

「ひろ、と、こう、のどっちかなって思ってたの。でも何となく、こうって読む気がしてた」

「っ」
< 20 / 281 >

この作品をシェア

pagetop