風薫る
お冷やを足してもらったところで、緊張を完全にほぐすためだろう、黒瀬君が最早お馴染のいたずらっ子の顔をした。


「飲まないの?」

「飲まないよ。緊張してないもん」


そういう黒瀬君こそ手をつけていない。


「あれ、緊張してないの?」

「してないよ。黒瀬君とだからね」

「……そうですか」

「そうです」


緊張してないのもあるけれど、あんまり飲みすぎてお腹がいっぱいになるのを心配してもいる。


せっかく半分こしてもらうのに、お腹がいっぱいであんまり楽しめないなんて悲しすぎる。

美味しかったねと言いながらお店を後にして、心置きなく図書館を回るのが当座の目標。


注文した料理が来て、店員さんが確認した後、黒瀬君と目が合った。


俺が言おうか、とその目が言っている気がするので、小さく頷く。


「すみません、お皿二つください」

「どのくらいの大きさがよろしいでしょうか」

「これと同じか、一回り小さいくらいで」

「少々お待ちくださいませ」


半分こして、持ってきてもらったそれぞれお皿に取り分ける。


「はい、木戸さん」

「ありがとう。はい、黒瀬君」

「ありがとう」


お皿が占拠して少し手狭だけれど、気にしない気にしない。


「よし、食べよう!」


美味しいねと言い合いながら完食した。


お店を出たら、いよいよ図書館が待っている。うずうずしながら黒瀬君を見上げた。


「黒瀬君黒瀬君」

「うん?」

「ちょっとだけ早歩きしません?」

「うん」


小さく笑ってくれたので、二人で少しだけ早歩きをした。図書館は目前だった。
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