風薫る
こー、と伸ばすように呼ばれた名前に、音高く胸が鳴った。


……駄目だ。何か心臓に悪い。


ゆっくりと、きらめく黒い瞳から目を逸らす。


「黒瀬絋って名前、響きが綺麗だよねえ」


……それは俺にどんな回答を求めているのかな、木戸さん。


微妙に返事に困る感想だ。


「ありがとう……?」


とりあえず無難に答えてみる。合っているかはこの際気にしない。


ふふ、と和やかに笑った木戸さんが、右肩にかけた鞄の肩紐を握り、居ずまいを正した。


「今日は本当に、どうもありがとう。たくさん取ってもらっちゃってごめんね」

「いや、全然……! 役に立ててよかった」

「うん。とってもありがたかったです」


それじゃあ、と図書室の扉を開けながら、木戸さんがこちらを振り返る。


「明日の放課後、図書室で。お手数おかけしちゃうけれど、本、よろしくお願いします」

「いえいえ」

「また明日ね、黒瀬君」

「また明日、木戸さん」


木戸さんは、大きくお辞儀をしてから帰っていった。


小さな背中を見ていて、気づいたことが一つ。


木戸さんはかなり姿勢がよかった。


きっと、背が小さいことを気にしていたらついた習慣なんだろう。


想像に笑みがもれる。


ずっと話してみたいと思っていた木戸さんは。


思っていた以上に表情豊かで、面白くて、礼儀正しくて――可愛い人だった。
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