風薫る
「え?」


もう何度目かも知れない驚きがもれる。


「本好きなのは知られてる、でも常にブックカバーがかけられてるからジャンルは分からない」


聞いてもはぐらかされるだけ。何読んでるの? って聞いても、好きな話だよって返されるんだって。


「優しいのも知られてる、でも優しさにかこつけて誘っても、一緒にご飯には行ってくれない」


出かけるなんてなおさらだよ。


「かっこいいのも知られてる、言わずもがなでしょ。でも騒がれてあまりいい気はしないみたい」


冷静な分析は、私の中の黒瀬君にまるで当てはまらなくて。似ていなくて。そんな黒瀬君は、知らなくて。


混乱する。


「あのね」


小さい子を相手するときのような微笑ましさを瞳にのせて、瑞穂が私を見つめた。


「穏やかな笑顔はいつでも浮かんでるけど、それ以外の顔なんて、あんたくらいにしか見せてくれないよ、黒瀬君」


……頑張って、と、考えるのを応援する温かい眼差し。こぼされる、大きなヒント。


「黒瀬君が優しくて温厚でかっこいいのは、皆知ってる。でも、それは黒瀬君の形容詞であって、形容詞以外の何ものでもないんだよ」
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