風薫る
黒瀬君は誰にでも同じなのだと思っていた。


黒瀬君が優しくて穏やかで面倒見がよくて、よく笑うファンタジーが好きなひとだって実感できるのは私一人だなんて、それこそ実感が湧かない。


「だからあんたが本取ってもらったって言ったとき、あたし驚いたんでしょうが」

「そうなの?」

「そうなの。あの黒瀬君が、自分から声かけて話振って、挙げ句助けてくれた? 聞いたことないよ」


止まらない瑞穂の説明は、どんどん加速して、どんどん私を周囲から区別していく気がする。


区別して、区別して、囲って、閉じ込めて、私を隔離するような気がする。


「ねえ。こう、って呼べるんじゃない?」

「え?」

「黒瀬君の名前。ほら、皆名前で呼ぶ勇気がなくて名字で呼んでるけど、もしかして、彩香はこうって呼んでも嫌がられないんじゃない?」


少し、想像する。


もし、こうって名前で呼んだら。


ものすごーくびっくりして、多分どうしたのって心配して、でも嫌がらないでくれる、とは思う。


少し笑いながら、お返しって、きっとおどけて私を名前で呼んでくれるんじゃないかな。
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