風薫る
「あの、黒瀬君」

「帰りはもちろん送ってくから心配しないで」

「ありがとう、でもその」

「今さら嫌だとか言われても聞かない」

「いや、違くて」

「今は嫌とか言われてもあんまり聞き入れたくない」

「ち、違くて」


ちょっと思ったけれど。驚いたけれど……!


でも、嫌なわけじゃない。言質なんか取らなくても喜んで抱きつくのにな、とは思ったくらいに、すごく嬉しい。


「あそこ、とか、どうです、か」


よさげな薄暗い脇道を指差した私を、首が取れそうな勢いで黒瀬君が振り返った。


「……え? 木戸さん?」


ぽかん、とこちらを見つめる黒瀬君に、顔が火を噴く。


「…………やなわけ、ない、でしょ」


恥ずかしいけれど、本心だ。


「早く、行こ……!」

「ちょ、え!?」


手を取って走り出す。すごいことを言った自覚は当然あって、全くもって黒瀬君の方を向けなかった。


薄暗さに飛び込んだ瞬間、腕を引かれた。驚く暇もなく、黒瀬君にぶつかる。


「木戸さんストップ……!」

「ごめ」


ごめんと言い終わる前に抱き締められて途切れる。


荒い呼吸を整えながら、黒瀬君を見上げた。
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