風薫る
「ええと、引っ張ったの、怒ってる……?」

「……いや」

「早く、来たく、て、私」


顔が赤い。この体勢だと顔が見えるんだなあ、と新しい発見をした。


「じゃああの、もしかして、冗談、だった……?」

「違うよ。冗談じゃない」

「そっか。よかった」


あのね、となおも言い募ろうとすると、黒瀬君が制止。


「待って、それ以上は待って。ちょっとだけ待って」

「え?」

「ええと、ごめんね、まず向きを変えたいんですけども」


説明してくれないまま向きを直そうとするので、む、と妨害。


黒瀬君を見ていたいのである。

自分も見られるのが少し恥ずかしいけれど、そんなことはまあ気にせず置いておくとして、黒瀬君の顔が見たいのである。


「木戸さん?」

「やだ」

「え、なに」

「その向きは顔見えないから、やだ」


何か勘違いしたみたいで、慌てて離れようとするので、逃がすもんかとぎゅーぎゅー抱き着いて、幼稚にふくれっ面を向けた。


「……あー、ほんと、ずるいよ」


やだって何。ほんと何。


「いろいろ、反則」
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