風薫る
「その人が全部取ってくれたの?」

「全部じゃなくて三冊だよ」


すごい、偉い、優しい、と早口に呟かれる。


「全部じゃないにしたって三冊も取ってくれるなんて。友達じゃないしあたしだったら絶対無理」


感嘆して溜息を吐いて、少し考えて。

はっと何かに気づいた瑞穂が、ギラリ、鋭く目を光らせた。


「助けてくれた人って誰」


あまりにあけすけに聞かれたものだから、ちょっと、その、返事に詰まる。


「……名前は知らない」

「いや知ってるね」


瑞穂は返答の間を見逃してはくれなくて、まさに蛇に睨まれた蛙状態だ。


悪どい顔が異様に怖くて、微妙に体を引く。


「言わなかったら残りのトマト食べるからね」


トマトを人質に取るなんて卑怯じゃないかな。

好物だって知ってるはずなのにひどいよ。


全てにおいて今日のトマトは厳選したのだから、みすみす渡すわけにはいかないのだ。


「き、鬼畜……!」

「何の話かな」


恨めしく睨んでみたけれど、開き直って流された。


い、一枚上手。


しばらく無言で粘ったものの、私の確固たる意思表示はことごとくスルーされて、いつまでも圧倒的不利な状況は変わらなくて。


……言うしかないかなあ。


「…………黒瀬紘君」


渋々言うと、瑞穂が目を見開いた。
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