風薫る
ぽつりとほとんど聞こえないくらいの呟きが落ちる。


「……やばいどうしようかわいい」

「っ」


思わず息を飲む。


聞こえてます黒瀬君。ばっちり聞いてしまいました黒瀬君。


黒瀬君は多分、聞かせるつもりがなかったんだろうな。こういうことは言わない人だと思う。


「あーほんとどうしよう……」


……あーのー、ダダもれです黒瀬君。


私もどうしようだよ! という叫びを何とか心の中に押し込んで、黙っていると。


「とりあえず、帰ろっか」


よし、と元に戻った黒瀬君が離れた。熱を冷ますみたいにすーすー通り抜ける空気が寂しくて、思いつきをお願いする。


「あの」

「ん? 送るよ?」

「あ、うん、ありがとう」


お礼を言って、なかなか素直には出てこないお願いを頑張ってもう一度言い直す。


「あの、帰り、で」


えっと。


「手、繋いでもらっても、いい……?」


そおっと伺うと。


「……反則」


耳が赤い、困った顔をした黒瀬君が、私の手をさらった。
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