風薫る
泣きたかった。


「肩叩いたら黒瀬君って振り返って、嬉しそーに笑っちゃって、幸せそーな顔しちゃって、えへへへへって奇声上げて黒瀬君から借りた本を抱き締めるキモいあんたが、一番好きなの」


泣きたかった。


「だって一番可愛いんだよ、恋してるあんた」


大声を上げて、泣きたかった。


優しい腕の中で、細い瑞穂に頭を押しつけて、わんわんうるさく泣き声を上げて泣きたかった。


「好きなんでしょ?」

「うん」


優しい表情に、何かを考えるより先に頷いていた。


黒瀬君のことだとなぜだか分かった。抜かした主語は本や読書じゃなくて、黒瀬君のことだと。


「好き。大好き」

「うん、そっか。そうだと思った」


瑞穂は悪戯っぽい目で笑って、ぽんぽん、と背を撫でた。


「あたし、あんたが大事。自分でもびっくりするくらい大事みたい、彩香のこと」


だから。


「あたし、あんたを守ってみせる」

「わあ、瑞穂かーっこいいー!」

「茶化すなアホ!」


ひょええ、と騒いだ私の髪を力強く、思いきりよく乱しながら、瑞穂は手を離した。


離れた温もりに、寂しくはならない。


……守られるだけでいるものかと、思った。


瑞穂が友達だと、大事だと言ってくれたのだ。守ると言ってくれたのだ。


守られるに値する私でいてみせる。
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