風薫る
「瑞穂」

「ん?」


ありがとうと言う代わりに、へらりと笑った。


「私、図書室行ってくるね」

「ん。いってらっしゃい」

「うん。いってきます」


ひらひら手を振ってくれた瑞穂に手を振り返して、急いで階段を下りる。


放課後だから、黒瀬君はきっと、図書室にいるはず。

少し減っているかもしれないけれど、昨日いたような人たちも少なからずいるだろう。


そんなときに図書室に行くのは、本当は下策なのかもしれないし、火に油を注ぐだけなのかもしれないし、事態がどうなるか想像はできない。


でもいい。気にしない。私は黒瀬君と読書するのだ。楽しくおしゃべりするのだ。


「……邪魔する人なんか、知らない」


むすりと呟いたそれは、思ったよりとげとげしく低く、冷たい響きをしていた。


これは多分、おそらく。


誰かと本を一緒に読む放課後も、騒がれて優しい時間が突然終わってしまったことも初めてだから、ちょっと戸惑ってもいるけれど。


でも、自分でも驚くほど――私は結構、……いや、とてもとても、怒っている。
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