風薫る
そうだ、黒瀬君がいたら、図書館に行こうって誘おう。まだ充分には見て回れていない。


真新しい図書館の全蔵書読破を目論見ながら、からり、図書室の引き戸を引く。


しん、と静まった空気が少し気まずい。

一周見渡して、一番カウンターに近い長机の端の部分に、女の子と何かを言い合いながら座っている黒瀬君を見つけた。


目の前の女の子と話すので手一杯なのかな。

ドアを開けたとき、立てつけの悪さで結構うるさく音が鳴っちゃったと思うんだけれど、二人とも私が来たことに気づかなかったみたい。


話の邪魔にならなかったならよかった、と思いかけて、近づこうとした足を止めた。


……どうしたんだろう。常になく、黒瀬君の雰囲気が険しい。


見慣れない笑顔が怖い。口は引きつっていて、目が笑っていない。


黒瀬君はもっと、柔和な微笑みをする人だ。


……どうしたんだろう、ほんとに。


とりあえず、扉の前を塞ぐ訳にもいかない。前進。


ええと、二人の話が終わったら黒瀬君に話しかけたらいいよね。それまでは近くの本棚にいたらいい。

あそこは古文がまとまってる棚のはずだから、予習に使えそうな本がないか探してみようかな。よし、もう少し前進。


この間来ていた人たちの顔全ては覚えていないけれど、すごく目鼻立ちがはっきりした人とか、羨ましいくらい背が高い人とか、特徴的な何人かは分かる。


多分、今図書室にいるの、この前来てた人たちとほぼ同じ人たちじゃないかな。


……こんなにたくさん人がいるのに、みんなおしゃべりしてて誰も読書してないなんて、やっぱりちょっと切なすぎる。


本読むの、楽しいのになあ。
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