風薫る
まずもって付き合ってない。付き合ってないし、黒瀬君はさっき断ってたような気がするし。

あと、あとね、この顔は絶対絶対怒ってるからそろそろやめた方がいいのでは。


黒瀬君が何かを耐えるように手を握り締めて、どこか虚ろな生気のない目をしている。

喜怒哀楽の喜楽くらいしか私は知らないけれど、今まで見たことがない顔で、どう見ても悲しそうな顔には見えない。


「あたしの方が可愛いと思うし、あたしの方が木戸さんよりつり合いとれるし、あたしの方が絋くんのこと好きだから!」


え、あ、うん。そうかも。なんて思うくらいには、かなりの勢いだった。


……えっと、えーっと、すごく強気だ。


わ、私だって黒瀬君のこと好きだよ。負けないくらいすごくすごーく好きだよ。

あなたの方が可愛いこととか、私と黒瀬君じゃつり合いがとれないこととかは事実なんだけれど、私だって自覚しているけれど、自信を持って言い切れたり、黒瀬君を名前で呼んだりするのって、すごいと思う。すごすぎる。


……私だって、絋って呼びたいのにな。呼んだら駄目かな。

彩香って呼んでくれないかなあ。


「すみませんが」


黒瀬君の困った声に、馬鹿な考えが勢いよく散った。


「俺は別にそうは思いません、と何度も言っていますよね」
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