風薫る
ゆっくり静かに深呼吸をして、思い出す。


そうだ。そうだった。それから。


「……勝手に、あいてる日はないなんて言って、ごめんね」

「いいんだ」


怒られるかなって予想に反して、ありがとう、と黒瀬君は呟いた。


「あげるって言ったから。全部あげるつもりだから」


だって。


「返品不可なんでしょ」

「うん」

「言ったじゃんか、返品なんてそんなもったいないことしないよって」

「うん」

「あいてる日なんかないよ。木戸さんと読書して、貸し借りして、図書館巡りして、借りた本読んで、予定を全部埋めるんだ」


——全部全部、幸せに埋めたいんだ。


紡がれる夢は、あんまり甘やかで。眩しくて。どうしようもなく幸せな形をしていて。


私を入れてくれたことが、とても嬉しかった。

黒瀬君の幸せに携われることが、とても嬉しかった。


熱い吐息が何度も肩をかすめる。


「ごめん。巻き込んでごめん」

「いいの。……いいの」


大丈夫だよ、巻き込まれたなんて思ってないよ。


黒瀬君こそ巻き込まれたに近い。


いつの間にか雲の上の人みたいな扱いをされていて、付き合えない不文律みたいなものができあがっていて。

黒瀬君はただ読書が好きで、たまたま私と話が合って、一緒に帰った。それだけだ。


だけど、あんまりにも噂が広まって、あんまりにも周りの視線が痛くて、悪いことなんかしていないと思うのに、少しずつ罪悪感が積もって。
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