風薫る
……私が男の子だったらよかったのかもしれない。

黒瀬君が女の子だったらよかったのかもしれない。


私がもっと、圧倒的に美人だったり可愛かったりすればよかった。

もちろん容姿じゃなくて頭脳でも技術でもいいけれど、何か、本好きなこと以外に対外的価値の高い、誰にでも納得されるような誇れることを持っていたら、きっと楽だった。


黒瀬君はきっと自分の恋人に付加価値を求めはしないけれど、理由付けに足る付加価値があったら、これほど大きな騒ぎにはならなかった。


……私じゃなかったなら、こんな事態にはなっていなかったかもしれない。


それでも一人で何とかしようとしてくれた。精一杯のことをしてくれた。

だって黒瀬君だもん、そうに決まってる。


私に負荷をかけないようにしてくれただけだ。一緒にただ読書がしたかっただけなのだ。


だけど、だけど、私たちが二人きりで読書をするには、高校生という肩書きは、不自由で不本意なものになってしまうらしかった。


……周りになんて言われても、二人でいることに邪推が混じっても、一緒に読書をしたい。


大好きな作者さんへの愛を語って、新刊を毎日書店でチェックして、貯めたお小遣いで大人買いする。

誕生日プレゼントは本か図書カード。

栞をいくつも携帯して、ブックカバーは新書サイズまで網羅済み。


大好きなお話に、大好きな黒瀬君との思い出が加わったら最強だ。

表紙を見て幸せになれて、ページをめくって幸せになれる本なんてすごすぎる。


教えてもらって読んだら好きになって、新たに追いかけ始めたお話たち。


「あ、知ってる」、「これも知ってる」って感覚が頻繁に思い出されるのは、好きが広がっていくのは、とても楽しい。


最強の本が、たくさんたくさん増えたらいい。そういう優しい幸せを抱き締めていたい。
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