風薫る
「ね、黒瀬君」


そうっと呼びかける。


「ん?」

「図書館行かない?」


『黒瀬君の放課後を、休日を、私にください』

『木戸さんの放課後を、休日を、俺にください』


交わした約束くらいしか、守れるものはないけれど。

……それでも、約束したなら、ちゃんと。


『俺にとって木戸さんは図書館を彩る人だ』


黒瀬君がそう言ってくれたから、私は何度でも、図書館を彩ろう。

何度でも、私達の放課後を彩ろう。


彼女じゃないけれど、ただの友達なつもりもない。この小さな息苦しさが友情だなんて、そんなはずないから。


私が欲しがった。私が最初に手を伸ばした。


好きだよ。黒瀬君が好きだよ。


穏やかで、優しくて、本が好きな。かっこつけたがりなところもほんの少しだけある、そんな黒瀬君が好きだよ。


私が好きだと言えるまで、叶うならずっとずっとその後も、黒瀬君の放課後を彩る人でいさせて。一緒に読書をさせて欲しいの。


「……うん。行こう」


黒瀬君がくしゃりと笑った。


穏やかで見慣れた、私が好きな笑顔だった。
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