風薫る
黒瀬君は今日も、いつものように微笑んでいる。


優しく細められた黒の奥に揺らめく、一貫した芯が不思議だった。

毎日、毎日、私と会う日は必ず、どんな日も笑ってくれる強さが不思議だった。


その目は凛と前を見つめていて、時折静かに伏せられて。


前を見るやり方を教えてもらったのを思い出す。

微笑めばいいのだと教えてくれた黒瀬君の、対外的な微笑みは、……そういえば、いつも同じ形をしていなかっただろうか。


『俺のことだけ考えててよ』


穏やかな声が蘇る。私はそうしたら大丈夫だって思えるから、頑張って笑うときはいつも黒瀬君のことを考える。


じゃあ、そう教えてくれた黒瀬君は、その微笑みの裏で誰のことを考えているんだろう。


……私のことだったら。私のことだけ、考えていてくれたら。


私が、何か少しでも、黒瀬君の助けになれていたらいいのにな、なんて、あんまりにも不遜かな。


黒瀬君には、私はどう見えているんだろう。

黒瀬君は、微笑みながら何を考えているんだろう。


もし視線を合わせて同じ方向から同じところを見たとしたら、そこには、何か黒瀬君らしく色付けられた世界が広がっているんだろうか。


きっと、どこまでも穏やかな黒瀬君の世界が、見てみたかった。
< 273 / 281 >

この作品をシェア

pagetop