風薫る
黒瀬君と初めて会ったのは、図書室で。木漏れ日の美しい日だった。


こちらがよく見かけるだけの、いつも素敵な本を抱えた、背の高い男の子。


ほんの少しだけでいいから、いつか、鞄二つ分の距離がなくなる日が来ればいいと思っていた。

残り十五センチ黒瀬君に手を伸ばす勇気は、もう随分前から抱えている。


黒瀬君の近くにいたい。話がしたい。黒瀬君のことをもっと知りたい。


私とよく似て、私とは少し違う言葉を選ぶ男の子は、ひたすらに穏やかで。


ひとつ、ふたつ、って白の蕾を数えて、そっと黒瀬君との距離を知った。

黒瀬君を見失わないように、夕間暮れ、ほんの少し後ろに並んで、その影法師を踏んで歩いた。


何度もドキドキして、でも嫌じゃなくて。


雨の日、傘を半分こした。


何気ないことが黒瀬君と重なる度、たくさん黒瀬君を思い出した。

毎日のように、扉の向こうの静けさに黒瀬君を探した。

毎日のように、肩を三回叩いて声をかけた。


私たちを繋ぐのは紙の装丁だ。

脆く厚い、二人の媒体は、いつでも鞄にしまってあった。


ねえ、黒瀬君。散在する気持ちを掻き集めたら、きっと私の唇は、黒瀬君の名前を呼ぶの。


黒瀬君。

黒瀬君。


この感情の名前を知っている。あの約束を覚えている。


だから、本を貸し借りして、また明日って笑い合いたいんだ。


……叶うなら、願いたいことがある。願って、叶えたいことがある。


今までたくさん私と読書をしてくれてありがとう。


これからも、私と一緒に読書してくれませんか。隣にいてくれませんか。


……好きですって言っても、いいですか。


ねえ、くろせくん。
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