風薫る
友達です、と。彼氏彼女じゃない、付き合ってない、と。

黒瀬君と私が何度も同じ言葉を繰り返していくうちに、だんだん騒ぎは鎮火して。


ようやく誰からも鋭い目を向けられなくなったけれど、拠点を図書館に移した私たちは、最早慣れた足取りで、放課後には図書館に向かうようになった。


とりとめもない話をして。書店を覗いて新刊のチェックをして。図書館に着いたら、隅の席を陣取って。


そんな読書談義を幾度繰り返しただろう。


その日の放課後は、いつもと違う、成り行きじゃない貸し借りで始まった。


「じゃあ、見てくるね」

「あ、木戸さん、ちょっと待って」

「ん?」

「今日はさ、木戸さんに貸したい本があって」

「え、何何?」


わくわくしながら手元を覗き込む。


黒瀬君が鞄から取り出したのは、菫色の装丁の本で――思わず、息を飲んだ。


「……これ」


そろりと嗄れた呟きがもれる。期待と興奮で胸が痛かった。


私も持っているから知っている。この間話をしたから知っている。


それは、菫色の装丁の。

理想の。

黒瀬君と、初めて話をしたときの。


本好きな男の子と女の子の、恋の話だった。
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