風薫る
『好きです。
一緒に読書がしたいです。』


句読点まで丁寧で。少し右上がりな、見慣れた黒瀬君の、緊張にか珍しくぐらついた、線の細い字。


「っ……」


じわり、視界が滲んだ。


息が詰まる。胸がいっぱいで苦しい。


泣きぬれた顔を上げられないままで、そうっと深呼吸をすると、随分湿った音がした。


……ああ。ああ。どうしよう。


どうしてこう、黒瀬君は。どうして、どうして。どこまで。


……どうして、ほんとうに、こんなに素敵なんだろう。


黒瀬君と一緒に読書をするようになって、大事にしたいお話が増えた。

大事にしたい作者さんが増えた。


周りはみんな、そんなに買うと破産するよ、なんてからかうけど、こんな幸せな破産なら本望だ。望むところだ。


言葉にあふれている。喜びにあふれている。物語があふれている。大好きなものがあふれている。


幸せ。黒瀬君と読書ができたら、幸せになれるんだよ。


たまらない幸福感が、後から後から迫ってくる。


……ああ、好きだなあ。私、黒瀬君が、好きだなあ。


「……ね、木戸さん」


浅い呼吸を繰り返す私に、掠れてもなお柔らかな、優しい声が降る。


「木戸さん宛てだから、悩まないでね」

「……なや、ま、ないよ……っ」

「うん、そっか。そう、だよね。そっか」


そっか。


「……それなら、よかった」
< 277 / 281 >

この作品をシェア

pagetop