風薫る
赤い顔。硬い声。私を映す瞳。くしゃくしゃの顔で、懸命に口を開いた。


「私も。私も、黒瀬君が好きです」


立ち上がって手を伸ばす。


「くろせくん」


好きです。


「黒瀬君、」


好きです。


「黒瀬君」


ぎゅう、とその手を握ると。


「木戸さん」


私を抱き締めた黒瀬君が、密やかに名前を呼んだ。

とくとくとくって、ちょっと速い心音が聞こえる。


「木戸さん」


黒瀬君の頭が、そっと私の肩にのった。


「うん」

「木戸さん」

「うん」


名前を呼ばれると息がかかって、くすぐったい。


「ねえ、彩香って呼んでもいい?」

「絋って呼んでもいいのなら」

「いいよ。呼んで欲しいよ」


即答した私に、呼んでよ、と笑う。


「……絋」

「うん」


吐息交じりの相槌に、泣きたくなる。


「彩香」

「うん」


泣きたいほど、甘く優しく、穏やかに響く。


ずっと、絋って呼びたかった。

ずっとずっと、彩香って、呼んで欲しかった。
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