風薫る
「ね、彩香」

「うん、なあに?」

「明日もさ、図書館に来よう。一緒に読書しよう」

「……うん」


うん、と消え果てそうに繰り返しながら、抱き締めていた菫色の本をそうっと脇に置く。


ちゃんと黒瀬君に、絋に、触れたかった。


指切りをしなくても、確約じゃない口約束でも、私たちならもう大丈夫だって知っている。


初めて絋からくれた約束を携えて、これから何度でも図書館に来よう。

このお話の続きは、二人で持ち寄ろう。


物語があふれる図書室から、手作りの物語をひとつ。


「絋」

「彩香」


少し離れて、顔を見合わせる。そうっと笑うと、絋も笑った。


「好きだよ」

「私も、好きだよ」


――風薫れ。


私たちの放課後に、穏やかに風薫る。



Fin.
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