風薫る
すいて、一拍置いて、意を決したように深呼吸をして。


「……彩香」


掠れた、声が。


呼ぶはずのない声が、ひどく甘やかに私の名前を呼ぶ。


「っ」

「彩香」

「……く」


ろせくん、とは言わせてもらえなかった。


駄目、と遮った囁きは甘く。


「こうって呼んで?」


甘く甘く、響いて溶けて。顔が赤くなるのを自覚する。


「こ、う君」

「君、はいらない」

「こ……う」

「うん」


うん。


私を甘く見据えた黒瀬君が、そっと、綺麗に笑った。


「……ねえ、赤いよ?」


髪をすいていた手が、するりと移動して耳に触れる。


燃えるような熱さが走った。


そんなことは私も分かっているのに、私が分かっているなんて黒瀬君だって分かっていると思うのに、わざと口にしたのは、先ほどの私のせいだろうか。


私も黒瀬君に、赤いよ、って言ったから。


……分かっている熱を指摘されるのがこんなに恥ずかしいなんて、思いもしなかった。


「黒瀬君が……っ」


弁明しようとするも、させてくれない。


「今は、今だけは、紘って呼んで」


切なげに瞳が揺れる。
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