風薫る
思わず流されそうになって思いとどまった。


「……いやいやいや、あの、何で?」

「俺が呼んで欲しいから」

「っ」


即答はずるい。

思わず撃沈する。


恥ずかしいんだけれど、よく分かってないけれど、何だか甘い雰囲気に負けてしまって、照れながら何とか名前を呼ぶ。


ううう、恥ずかしい。


「こ、こっ…………紘が、」


柔らかく微笑む黒瀬君が、くすりと笑った。


「可愛い」


からかってる。からかってると思うんだけれど、何というかこう、照れる。


照れる。


「君のせいだよ!」


もうこれ以上名前で呼べるほど、そういういろいろに慣れていない。


何とか捻り出して逃げを打つ。


いっぱいいっぱいな私とは正反対に、黒瀬君は未だ余裕そうだ。


優しい顔で私を呼ぶ。


「俺が赤いのも彩香のせいだよ。あんな可愛いこと言うから」

「……本心だよ」

「へえ、嬉しいな」


蕩ける微笑みに対応を間違えたことを実感した。


「彩香は本心で俺のことかっこいいと思ってくれたんだ」

「っ」


この、顔が。この、優しい目が。


駄目だ。本当に、ちょっと、駄目だ。


こんな顔をされると、ものすごく照れ臭い。
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