風薫る
「照れてくれてよかったよ。最初のじゃ何も変わらないからどうしようかと思った」

「……う」


最初のって、たくさん褒めてくれたことだよね。


あれはすごく嬉しかったけれど、別段恥ずかしくはなかったから。


「あれでも頑張ったんだけど、なかなか上手くはいかないんだねえ。後半の呼び捨てとかさ、もう内心汗がひどかったよ、俺」


え、そんなになってまでやらないで黒瀬君。


何してるの、という意味を込めて見つめると、はっとした黒瀬君が眉を下げた。


「ああごめんね、いきなり呼び捨てとか嫌だったよね……! ごめん!」

「や、あの、全然嫌じゃなかったよ! あのね、嫌ではないけれど、びっくりしたの」

「え!?」


慌ててバタバタ手を振った私に、黒瀬君が少し考えてひどいことを言った。


「あ、じゃあ俺、次から彩香って呼ぶ?」

「む、無理無理、絶対駄目、絶対心臓もたないから駄目……!」


だって、また黒瀬君にあんな甘やかに呼ばれたら、私が照れてどうしようもなくなるに決まっている。


もっと慌てて首を振ると。


「…………」


あれ。


黒瀬君が黙ってしまった。


ジト目で軽く睨まれる。


「…………木戸さんさ」

「うん」

「やっぱりもっかい照れとこうか」

「うん……!?」


そういうのが駄目なんだよ、って言ったはずなんだけどなあ、と呟く黒瀬君だった。
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