風薫る
「あ」

「……あ」


ほとんど同時に呟く。余韻が重なった。


話すのに夢中で、昨日約束した本のことを完全に忘れていた。


今日集まった本来の目的はそっちなのに。


「持ってきてるけど、どうする?」


ええと、と時計を振り仰いだ木戸さんが目を剥いた。


「くくく黒瀬君、と、とりあえず出よう……!」


噛みまくる木戸さんの焦りっぷりと異様な迫力に押されて、慌てて歩き出す。


待っていても変なのでとにかくさっさと先に進んだけど、歩幅が違うから随分差がついてしまった。


廊下の壁にもたれて溜め息を吐いていると、木戸さんが遅れて廊下に到着。


扉を閉めて脱力する。


腕時計を確認すると、五時十分になろうとしていた。


……十分も過ぎちゃったか……ごめんなさい……。

……結構頑張ったんだけどな。


図書室で走るのは御法度なので、最大限に足を前に出して高速の早歩きをしたんだけど、さすがに一番奥の机からでは少し距離があったらしい。


軽く深呼吸をして隣を見ると、木戸さんがぜえはあ肩で息をしていた。
< 46 / 281 >

この作品をシェア

pagetop