風薫る
大丈夫? と声をかけようとして口を閉じた。


息を整えてもらう間に、例の小説を取り出す準備をしよう。


鞄から出してしまうと、早くしろって感じで催促がましくなるから、さりげなく用意だけ。


――と、目立たないようにしたつもりだったんだけど。


分かった木戸さんが聡いのか、それとも俺が分かりやすすぎるのか。


「ごめんね、ありがとう」


落ち着いた木戸さんは開口一番こう言った。


……バレバレだ。駄目じゃん。


「いや、気にしないで」


あまりの不意打ち具合にそんな返事しかできない。


うわ、馬鹿、俺。

もう少し言い方あっただろ。


……かろうじて癖で微笑んだのがせめてもの救いか。


バレてしまったものは誤魔化しても仕方ない。潔く、とにかく渡そう。


「はい、本」

「ハードカバーだ!」


差し出すと、浮かれた木戸さんが丁寧に右手で持った。


こう言っては失礼かもしれないけど、いそいそ鞄にしまうのが何とも可愛らしい。
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