風薫る
「木戸さん、明日また持ってくるから」

「うん……よろしくお願いします……」


見かねて提案すると、泣き出す寸前の顔で首を縦に振った。


明日は最終巻の三巻まで持ってきておこう、と心中固く決意する。


この分だと明日は用意周到に、予備の袋も持ってくるだろうから。


同じ本好きとして大体の行動は読める。


がっかりさせないためにも、何か対策を講じなければならないのは明白だった。


「ハードカバーって重いのに無駄足でごめん」

「大丈夫。言ってなかったし、俺が勝手にしたことだから」


がっくりうなだれて落胆する彼女を見て、本当に読書が好きなんだな、と実感する。


……ああ。


カチリと俺の中で噛み合う音がした。


この人は純粋なんだ。


恐ろしく純粋で、貪欲で、自由で。

本に対して常に真摯で。

とても真っ直ぐに、息をするみたいに読書をするんだ。


眩しかった。


すさまじく強烈に、まぶしかった。


本が好きだけどそこまでではない俺には、とても。


それだけで、また話したいと思うには充分だったから。


「あの、さ。……えっと」


続編を貸さないといけないし、と理由を増やして弾みをつけて、やっとの思いで約束を紡ぐ俺よりも早く。
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