風薫る
でも! でももし早く来られたら、俺が待ってるねともうひとつくれたから、大きく頷く。


黒瀬君は照れて一瞬押し黙り、


「何か今すごい恥ずかしいこと言った。忘れて」


目にかからない長さの前髪を引っ張って、赤い頬を隠そうとしている。


……む、無理じゃないかなあ。頬に届かせるには黒瀬君の前髪は短すぎる。


ちらり、照れた横顔をもう一度見て、考えを口に出さない代わりに笑った。


「え、なんで笑うの!?」

「あのね、なんだか可愛くて」


あーもう、とうつむいて、黒瀬君が髪を伸ばしていた手を離した。


仕切り直すように深呼吸する。


「お待たせ」


黒瀬君は話すときにきちんと目を合わせる。優しく微笑んで私と向かい合う。


少し首が傾いて、さらりと黒髪が流れた。


「待ってないよ」


大丈夫、すぐ来てくれたよ。


「ありがとう」

「こちらこそ」


ありがとうだなんて、素敵な切り返しだ。


言葉は人柄を表すといつも思う。


選んだ言葉より選ばなかった言葉の方がきっとその傾向は顕著で、黒瀬君が決して選ばないのはきつい言葉だった。


穏やかな言葉で柔らかく意見を構成する。


こんなに黒瀬君の言葉に共感するのは、多分、私の言葉と似ているからだ。


黒瀬君は私が選ぶ言葉を話す。私が選ばない言葉も話す。


それでも選ぶ言葉たちはやっぱり穏やかで、だからこそ。


ありがとう、と笑った黒瀬君が選ぶ言葉が、私はとても好きだ。
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