風薫る
思いついたことをそのまま音にのせる。


「背が小さくてよかったことは、黒瀬君が本を取ってくれたことだよ」

「え」

「あとは黒瀬君と話せてることとか」


目を丸くした黒瀬君に、そっと笑った。


私は低身長すぎて、背の順に整列すると絶対一番前だし、高い棚のものが取れないし、黒板も全部は届かない。


不便なときもそれなりにあって、その度にちょっと残念だった。


でも、だけど。


黒瀬君が本を取ってくれたのは、私の背が低いからだ。

黒瀬君と話すきっかけになったのは、私の背が低いからだ。


ずっと話してみたかった男の子とこうして話せているのは、私の背が低いからなのだ。


この学校には本好きの人が全然いない。私と黒瀬君くらいしかいない。


通ううちによく見かけるようになって、名前を知って、話しかけてみたくなった。

何度も声をかけようとして、うまくいかなくて、口を閉じて。


ずっとずっと気になっていた人と、できたらいいなって思い描いていた通りに読書の話ができるなんて、まるで夢みたいだった。


……私ばっかりがひどく幸せな、優しい夢みたいだ。
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