風薫る
「ここさ、冷暖房付いてないからたまに寒くない?」


うん、でも、と否定すると、驚いて大きくなった目が私を見た。


「猫になったみたいで楽しいよ」


今日はどこだろうってわくわくする。


そう、と、黒瀬君がひどく優しく笑った。


声をかけてくれた日の朝の空に似た、乳白色の笑みが柔らかく向けられる。


「木戸さん、褒めるの上手いよねえ」


そう、かな、と切れたのは褒めるという単語でいろいろ思い出したから。


わあああ、反応しないで心音……!


焦って黙り込み、黙り込んだらもっと駄目だと気づいてはっとする。


どうしよう、何か話題……!


「わ、私、生まれ変わるなら猫になりたいな……!」


とりあえず思いつきを口に出すと、出てきたのはそんな言葉で。


何だかよく分からない話になっちゃった……!


うう、ごめん黒瀬君。


訂正しようとするも、その前にどうして? と聞かれてしまっては答えないわけにはいかない。


そうだよね、当然聞くよね、本当ごめん。でもあの私、ええと、うーんと。


焦ってどんどん飛ぶ思考。

とにかく一旦落ち着こうと、ぱちぱち軽く瞬きをする。


まぶたが遮った視界に少し冷静になった。


ぶっきらぼうになるのを避けてか、黒瀬君は質問にはいつも必ず疑問符をつける。


ふと気づいた習慣は、黒瀬君の優しさを象徴する気がした。
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