風薫る
まだ笑っている黒瀬君が、っ、く、と抑えきれない笑いに悪戦苦闘した。


「……可愛いなあ」

「っ」


肩が跳ねた。


……素かな、今の。


過去に聞いたことがない口調だった。

破顔の速さがゆっくりだった。


昨日のようにたくさんたくさん褒めてくれる黒瀬君より、一度だけこんな顔を見せてくれる黒瀬君がいい。


心がそっとざわめいた。


「母がね、押し花が好きな人でね、特にシロツメクサが好きな人でね」


シロツメクサ。四つ葉の、クローバー。


言葉を重ねて心模様を押し隠す。


うん、と頷いた黒瀬君の返事には笑いが含まれたままだ。


「小さい頃、見つけて帰ると褒めてくれたの。それが嬉しくてついつい持ち帰りすぎちゃうんだけれど」

「うん」

「困った顔しないで生けたり栞にしたりしてくれて」


すごいね、と、いつも微笑んで。


実は、私が読書好きになったのは、母が作ってくれた栞のおかげ。


せっかくだから使って、と本を持ってきてくれた。花の図鑑だった。


「四つ葉を見ると幸せになるの」


幸運のシンボルだからかもしれない。


見るとあの頃が蘇って、温かい。
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