風薫る
きゅう、と口角を上げて少し微笑んでみる。


……これでいいのかな。

多分、ちょっと、ええと結構、強張っている気がする。


「木戸さん」


そっと黒瀬君が私を呼ぶ。


とにかく視線に萎縮しないように前を向いているけれど、やっぱり肩が触れそうなほど近いままなのは、気配で分かった。


「うん、何?」


笑え、笑え、そうすれば目立たない、と暗示をかけていたので、返事はなんとか微笑みながらのものになった。


「うん。あのね」


耳に近づいた黒瀬君の顔が、振り返ると思ったよりそばにあって。


密かに息を呑む。


「一緒にいるの、木戸さんの隣にいるの、俺だからね」


下手くそな私の笑顔が、黒瀬君の澄んだ黒に大きく映る。


見上げた瞳に自分が見えるなんて、近すぎる証だけれど。


距離をこだわれないほど、落とされる言葉は甘かった。


「俺だって忘れないで。周りなんて気にしないで」


ざわめきに掻き消されないように声を張ってくれた黒瀬君が、真面目な色を瞳にのせる。


「緊張するならさ、俺だけ見ててくれたらいいよ」


そしたら緊張しないでしょ、なんてにっこり笑ってみせた。
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