風薫る
「……ええと」

「大丈夫。分かってる」


できる限り柔らかく言って、困った顔の木戸さんをにっこり笑って押しとどめる。


大丈夫だよ、をたくさん言った。


木戸さんが慌てて話題を探さなくてもいいように、大丈夫だよ、をたくさん繰り返しながら、少しずつ急ぎ足になった会話のテンポをゆっくりに戻す。


木戸さんに無理をさせるのは嫌だった。


だって昨日、せっかく一緒にいると楽しいって言ってくれたんだ。


「無理しない無理しない。大丈夫だよ」


笑いかける。


なんで俺たち、初対面みたいになってるの。


初対面じゃない。共通の話題だってたくさんある。


たとえ初めての帰り道に心臓がはやっても、鋭い視線を向けられても、それは変わらない。


確かな事実だ。


だから、大丈夫。


俺と木戸さんに言い聞かせるみたいに何度も言った。


「……うん」


笑み崩れるみたいに口元からちょっと笑ってくれたから、俺も笑い返した。


木戸さんの緊張が、どこかへ飛んでいってなくなればいい。

隣に並ぶことが負担にならなければいい。


今日も明日も、またって言えたらそれでいい。


それでいいんだ。
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