風薫る
本は好きだ。


頁をめくれば広がる世界はいつも輝いて、眩しいくらいに美しい言葉たちは素敵な夢を紡ぐ。


読むだけで幸せをくれる本は素晴らしい、と思う。


幸せは安上がりな方が多く手に入る。安上がりなのはいいことだ。


憶測にすぎないけれど、きっとあの人も――図書室でよく見かけるあの背が高い男の子も、本が好きなのだろう。


お互い話したことなんてない。私は彼の外見しか知らない。


でも、彼のふとした仕草が、他人の私にも分かるほどに、読書が好きなことを物語っていた。


面白そうな本を見つけてくるのが上手で、私はいつも、彼が抱えている本にいじましい視線を勝手に向けるだけ。


好みの傾向が似ていることは、見返しに付いているカードで何度も同じ名前を見るうちに気付いた。


日付と頻度から、彼だと直感したのを今でも覚えている。


二年四組、黒瀬絋。


少し右上がりな字で書かれるその名前は、彼が一年三組だった時から変わらない。


くろせこう、と読むのか、ひろ、と読むのかは分からない。


他に読み方があるのかもしれないけれど、どちらにしても響きがいい、素敵な名前だよね。


もし黒瀬君と本について話せたなら、とても楽しくて、とても嬉しい時間になるだろうと思った。
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