風薫る
「どうしたの?」


何かあったんだろうか。

……さっきのこと、やっぱり怒ってるのかな。


ごく普通に見えるように、慎重に返事をする。


木戸さんは、あの、と泳がせた瞳を下に向けていた。


伏し目がちに、じゃ、蛇口が、とつっかえて。


「蛇口が固いんだけれど、その」


やってくれないかな、と泳ぐ目線で言った木戸さんに、笑うのを自覚した。


木戸さんがくれた、怒ってないよの合図だ。


……いい人だなあ、と思った。


「もちろん」


即答して蛇口をひょいと捻って、駆け足で草むらに戻る。


だけど本当は、ありがとうって言いたかった。


お詫びというか、仲直りというか、俺からのごめんねの合図はきっとあれがいい。


自分で見つけたいだろう四つ葉よりも本よりも、きっと。


さっき見つけたけど、目安をざっくり雑につけたからか、なかなか見当たらない。


木戸さんが一息ついて戻ってきた頃に、やっと手に入った。


「木戸さん」


後ろ手に隠して、所在なさげに立っている木戸さんを呼ぶ。
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