風薫る
「言って?」


そこで低く笑わないでください黒瀬君。


じりじり逃げると、自然に距離を詰められた。


「いや、えっと……だからその、何でもないんだってば」

「何でもなくはないでしょ」


明らかに楽しんでいる。黒瀬君の目がきらきらしている。


これは私をからかって楽しんでいる……!


「木ー戸さん」


とても楽しそうな呼び声に、もうどうとでもなれ、と腹を括った。


「黒瀬君と帰るのは楽しいです!!」


ほら、宣言したみたいになっちゃったじゃないか。


恥ずかしさからずんずん先を歩く私の後ろで、黒瀬君が口を押さえてくすくす笑っている。


もう、何でああいうこと言わせるかな。


確かに言おうとしたのは私からだけれど、なんだか上手く言えなくて誤魔化したんだから、そこは誤魔化されてくれるか、見逃して欲しい。


肩を怒らせる私を黒瀬君が呼んだ。


「木戸さん木戸さん」

「……何?」


振り返ると、真顔で。


「俺も楽しいよ」


一歩近付いた黒瀬君が、薄暗い廊下でも分かるほどに美しく笑った。
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