風薫る
「……そうですか」


楽しいとか、嬉しいとか、黒瀬君が言ってくれると、安心する。


一緒にいて楽しいのは私だけ、なんて嫌だから。


黒瀬君が笑った。


「そうですよ」


だから、待ってるから、


「明日も来てね、木戸さん」


頷くと、黒瀬君が隣に並んだ。


「隣いい?」


なんて尋ねられたけれど、いいに決まっている。

それに、同じ方向に帰るのに、わざわざ離れて歩くのは変。


頷こうとしてあることに思い当たった。


「私の隣は黒瀬君専用ですよ」


黒瀬君の真似をしてみる。


固まった黒瀬君がこわごわと、お言葉に甘えて、と距離を詰め、そのまま待っていると、とんと音がして、影が私に落ちた。


横を向かなくても分かる。黒瀬君が隣に並んだのだった。


階段を降りるとき、黒瀬君が隣にいるとき、必ず落ちる影が私に重なる。


黒瀬君の影は影でも大きくて、私を丸ごと覆う。


隣にいるよ、と。


言葉はなくても伝わるこの瞬間が一日の学校生活に終止符を打つ。
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