いてくれて、ありがとう
嫉妬と束縛、お前は勝手だという彼の叱責。悟との付き合いはやがて辛くなった。
心は乱れ、涙もろくなり、何を言われても取り乱すとようになった。
週末に時折帰る実家でも、私が幸せではないことに気がついたようで、何かあったのかと何度も母に聞かれることもあった。
もう限界だと思った時、怖くて仕方なかったけれど、悟に別れ話を切り出した。
何言ってるの?なんでそんなこと言うの?と悟は貧乏ゆすりしながら声を荒げた。
他に男でもいるの?そんなことも聞かれた。
そうじゃない、縛られるのが辛くて仕方がない。
そういったら、俺の気持ちはどうなるの?自分の気持ちばかり優先して勝手なんじゃないのか、と返ってくる。
そう言って、あなたは私の気持ちをしりぞけるじゃない、そう叫んだ。あなたこそ勝手よ、と。
この時はじめて悟に突き飛ばされた。悟はこれまで、イラついて物にあたることはあっても、私に手を上げたことはなかったのに。
びっくりして、怖かった。
目を見開いて彼を見ると、彼はさらに目に怒りを滾らせて、
女はすぐ暴力だと叫ぶけど、言葉の暴力はいいのかよ、と叫んだ。
怖くともここで引いたら意味がない。
私そんなこと言ってない、もう耐えられないから別れたい。
静かにはっきりと言ったら、悟は少し落ちついて、ごめん、きちんと話し合おう、と言った。
ごめんなさい。もう無理なの。辛いの。泣きながらそう訴えたけれど、悟は納得しなかった。
夜を徹して別れ話は続き、私はもう気力の限界だった。
嫌なところを言え、直すからと言い募る悟に、順につらかったことを話していった。直るわけもないと思うのに直すといい、私にはそれに反論する体力はなかった。
悟の言うがままに私は悟に感じる苦痛を述べさせられた。蜘蛛の巣にからめとられるかのように、ねっとりと悟がまとわりついている感じがする。私の意志とは関係なく、この人は私を動かそうとするのだ。
反論の体力を失いつつある私を悟は優しくだきしめ、他には?ときいた。
他の人の前で、子供みたいに駄々こねないで。悟とつきあっていたことで、恥ずかしい思いをするのは嫌だ…。
ぼそりと言ったその時、悟の体が強張るのを感じた。不思議に思ったけど顔を上げて悟の顔を覗き込む気にもなれない。
悟がゆっくりと私の抱擁をといた。そうかと思うとフラフラと後ずさりし、ベッドまでたどり着いたところで、ドサリと座り込んだ。
片手で顔を覆い、片手で体を支えながら、
もういい、
と言った。
私には何が起きたのかわからなかった。もういいというのは何のことだろう。
崩れ落ちた悟の様子にわけがわからなかった。呆然と立っていると、悟がぽつりといった。
もう、お前の中では終わってるんだな…。
あれだけ嫌だった悟が哀れで抱きしめてあげたいと思った。でも、これを逃せばもはや別れられないとも思った。そして、今なら別れられるとも思った。
狭い部屋に二人きりこれ以上ここにいてはいけない。ここは私の部屋だったけれど、立ち上がりそうにない悟に、合鍵はポストに入れておいて、と言い残し、目の前にあった貴重品と車の鍵だけを持って、アパートを出た。車に乗り込み、とにかくどこかに行かなければと、夜の道を走った。
その日私は、漫画喫茶で一夜を明かす。翌朝にアパートにかえると悟の姿はなかった。
あれから数ヶ月。
もともと部署のちがう私と悟。会社でももはや、悟が私に話しかけてくることはない。
心は乱れ、涙もろくなり、何を言われても取り乱すとようになった。
週末に時折帰る実家でも、私が幸せではないことに気がついたようで、何かあったのかと何度も母に聞かれることもあった。
もう限界だと思った時、怖くて仕方なかったけれど、悟に別れ話を切り出した。
何言ってるの?なんでそんなこと言うの?と悟は貧乏ゆすりしながら声を荒げた。
他に男でもいるの?そんなことも聞かれた。
そうじゃない、縛られるのが辛くて仕方がない。
そういったら、俺の気持ちはどうなるの?自分の気持ちばかり優先して勝手なんじゃないのか、と返ってくる。
そう言って、あなたは私の気持ちをしりぞけるじゃない、そう叫んだ。あなたこそ勝手よ、と。
この時はじめて悟に突き飛ばされた。悟はこれまで、イラついて物にあたることはあっても、私に手を上げたことはなかったのに。
びっくりして、怖かった。
目を見開いて彼を見ると、彼はさらに目に怒りを滾らせて、
女はすぐ暴力だと叫ぶけど、言葉の暴力はいいのかよ、と叫んだ。
怖くともここで引いたら意味がない。
私そんなこと言ってない、もう耐えられないから別れたい。
静かにはっきりと言ったら、悟は少し落ちついて、ごめん、きちんと話し合おう、と言った。
ごめんなさい。もう無理なの。辛いの。泣きながらそう訴えたけれど、悟は納得しなかった。
夜を徹して別れ話は続き、私はもう気力の限界だった。
嫌なところを言え、直すからと言い募る悟に、順につらかったことを話していった。直るわけもないと思うのに直すといい、私にはそれに反論する体力はなかった。
悟の言うがままに私は悟に感じる苦痛を述べさせられた。蜘蛛の巣にからめとられるかのように、ねっとりと悟がまとわりついている感じがする。私の意志とは関係なく、この人は私を動かそうとするのだ。
反論の体力を失いつつある私を悟は優しくだきしめ、他には?ときいた。
他の人の前で、子供みたいに駄々こねないで。悟とつきあっていたことで、恥ずかしい思いをするのは嫌だ…。
ぼそりと言ったその時、悟の体が強張るのを感じた。不思議に思ったけど顔を上げて悟の顔を覗き込む気にもなれない。
悟がゆっくりと私の抱擁をといた。そうかと思うとフラフラと後ずさりし、ベッドまでたどり着いたところで、ドサリと座り込んだ。
片手で顔を覆い、片手で体を支えながら、
もういい、
と言った。
私には何が起きたのかわからなかった。もういいというのは何のことだろう。
崩れ落ちた悟の様子にわけがわからなかった。呆然と立っていると、悟がぽつりといった。
もう、お前の中では終わってるんだな…。
あれだけ嫌だった悟が哀れで抱きしめてあげたいと思った。でも、これを逃せばもはや別れられないとも思った。そして、今なら別れられるとも思った。
狭い部屋に二人きりこれ以上ここにいてはいけない。ここは私の部屋だったけれど、立ち上がりそうにない悟に、合鍵はポストに入れておいて、と言い残し、目の前にあった貴重品と車の鍵だけを持って、アパートを出た。車に乗り込み、とにかくどこかに行かなければと、夜の道を走った。
その日私は、漫画喫茶で一夜を明かす。翌朝にアパートにかえると悟の姿はなかった。
あれから数ヶ月。
もともと部署のちがう私と悟。会社でももはや、悟が私に話しかけてくることはない。