Sweet Love
「…は、萩原くん。あ、あとはわたしがやっておくから先に帰ってもいいよ?」

「…いや、俺だけ帰ったら不公平だろ。同じ日直なんだし」

「……でも、でもやっぱり大丈夫だよ?」



「いや…ちゃんと終わるまで待ってるから」と、柔和な笑顔を浮かべて萩原くんは言った。わたしは仕方なく頷く。


 萩原くんを待たせてしまうのは本当に申し訳ないと思ったわたしは急いで日誌を書き進めていった。


 会話はもちろんなかった。この静けさが妙に気まずくて、手が小刻みに震える。萩原くんはずっとわたしが書いているところを黙って観察していた。



 ――いや、これはちょっと無理がある。

 そんなにじっくり観察されると恥ずかしい。

 それにさっきから心臓がバクバクうるさい。



 クラスのみんなは帰ってしまってわたし達以外はもう誰も居ないし、二人きりでこのまま静かな状況が続くのは耐えられそうにない。それに、彼にわたしの心臓の音が聞こえていないか心配だった。



 ――心臓よ、落ち着いて。

 落ち着け、わたし。



「え?」



 いつからかわたしの顔を真顔で萩原くんに見つめられていたことに気付く。



「手、…止まってるよ」

「あ、…ごめんね。早く書くね」



 わたしは作り笑いを浮かべて、手元に視線を落とした。



「何か、考え事?」

「……え?」

「なんか今、困ったような顔してたから」

「……そう? 何もないよ」



 ――わたし、そんなに顔に出ていたのかな…。



「そっか。…まあいいけど。あと半分は俺が書く。貸して」

「あ、ありがとう…」



 日誌を奪っていった萩原くんは、すらすらと内容を手早く書いていく。非常にきれいな字で書いていくものだから、わたしは目を奪われた。



 ――萩原くんの字、すごいきれい。

 ていうか、わたしより字きれいなんだけど…。



「萩原くん、字キレイ」



 萩原くんは手を止めて、目線だけ上げる。



「……そう?」

「うん。男子でそんなに字キレイな人なかなかいないと思うよ。わたし初めて見た。男子でそんなに字が上手な人」

「……もしかして褒めてくれてる?」



 萩原くんはニヤリと口角を上げた。



「だ、だってわたしのより字上手いんだもん…」

「確かに石田の字は、――なんていうか、うん…丸っこいよな」

「……」
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