Sweet Love
 教室に戻ると、まだ萩原くんは教室に残っていた。彼は窓のところに立って外を眺めていた。



 ――まだ、帰ってなかったんだ。



 萩原くんはわたしの気配に気付いたのかこちらに振り返った。



「萩原くん、もしかして待ってくれていたの? 先に帰っていてもよかったのに…」

「勝手に帰るのもあれだろ。…途中まで一緒に帰らない?」



 ……え、ちょっと待って。今なんて?



 体が硬直状態に陥る。だが、ただ帰ろうと言われているだけだということに、すぐに理解した。


「いいよ」と、わたしは頷く。



 ――びっ、びっくりした。



 いきなり帰ろうと誘われるものだから、わたしは内心でドキドキしていた。でも、言った本人にしてみれば別に深い意味なんてないのだと思う。


 男の子に一緒に帰ろうなんて…今まで一度も言われたことがない。わたしにとっては異例のことだった。



「じゃ、行くよ」

「う、うん」



 わたしは必死に動揺を抑えながら、平常心を保とうとする。急いで鞄を肩に掛け、萩原くんの後を追った。



***



 帰り道、萩原くんとは何も喋らなくて、無言の状態が続いていた。ちらりと横目で見ても、萩原くんが今何を考えているのか、表情からは何も読み取れない。


 朱菜ちゃんと何があったのかずっと気になっていた。彼女はさっき泣いていた。痛みで泣いたものではなく、あれはぶつかる以前から泣いていたのだと思う。 


 ――もしわたしが訊いたら、萩原くんは嫌な顔をするのだろうか。


 それでも気になってしょうがなかった。告白の場面を見たから余計にかも知れない。


 わたしは小さく息を吐き出す。勇気を出して、自分からこの沈黙を破った。



「萩原くん、急にごめんね。…わたしね、今日見たんだ…」



 萩原くんの足が止まる。わたしも彼に合わせて足を止めた。



「……何を?」

「隣のクラスの子に告白されてるところを今日裕子とその…見ちゃった。へへ…」



 萩原くんは黙ったままわたしの顔を見据える。それは、何かを探るような目だった。
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