Sweet Love
 ――そんなに見つめないで…先輩。



 と心の中で思いながらも、あたしは笑顔で先輩を見つめ返す。



「――あ、裕子さん。前」

「えっ?」



 先輩が指差す方向に視線を向けた瞬間、あたしの視界が何かによってボフッ、と遮られた。


 顔を上げると年配らしい中年太りの男があたしの目の前にいた。男は冷ややかな視線をあたしに向けている。



「あ、すいません」



 悪いと思ったあたしは、すぐさまその場で頭を下げ、謝罪を口にする。だがその男はあたしの顔を見て舌打ちし、何も言うことなくそのまま去って行った。



 …ちゃんと謝ったのに、舌打ちされた。



 あたしはげんなりした顔で、男の背中を見送る。



「だから言ったじゃん。前って」

「もうちょっと早く言ってくれれば、わたしだって気付けたと思うんですけど…」

「それは、前を向いてちゃんと歩いてないのが悪いでしょ」

「そ、そうですけど…」



『臨機応変にってのもあるけどさ、無闇やたらに素直に思ったことを口に出さない』



 牧原に言われたことを思い出したあたしは、その先を言うのを止めた。



「俺ばっかり見てないで、ちゃんと前向いて歩かないと。じゃないと、またさっきみたいに舌打ちされるよ?」



 …先輩ばかり見てるの、バレちゃった。



「…ハイ。ちゃんと前向いて歩きます」



 あたし達はそれから他愛ない会話をしながら、街中を歩いた。


 やがて話しているうちに、気付けば街中の大きなビルの前に辿り着いていた。


 ビルを見上げると、大きな液晶画面が目に入った。画面には、今季シーズンの映画の宣伝や、公開予定の映画映像が流れている。


 このビルは、ファッションやグルメや電化製品、映画館、ゲームセンター、地下には食品売り場まであるらしい。買い物にも困らず、そして退屈することない、大人も子供も楽しめる、そんな場所。日曜だからか、家族連れやカップルが多く、沢山のお客さんが訪れていた。
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